大人になるということ?

大人になるということ?

再来年の春に夫にはおそらく転勤の辞令が出るでしょう。

東京から鹿児島にやってきたのもなんだかついこの間のように思えるのに、もう半分以上が過ぎたのです。

なんだか最近の時間の流れというものは、子供のころに感じていたものよりもものすごく速く過ぎていくと思います。

そういえば子供のころに母親が「もうこんな季節?はやいなぁ」なんて愚痴っていたのを思い出します。

なんだかただ毎日同じようなことを繰り返していると変化がないように思えて、刺激が少ないのでしょうか。

昔は夏休みや冬休みなどの長期休み、運動会、遠足などの楽しい行事がたくさんありそれを待ち遠しく思っていたので時間が過ぎるのが遅く感じたのでしょうか。

そういえば昔読んだ本の中に、時間というのはただなんとなく過ごしていると過ぎるのが早いが、待ちわびているとなかなか過ぎないものであるといったようなことが書かれているのを思い出しました。

確かに今でも実家への帰省などの楽しいことはワクワクして、指折り数えてとまではいかなくても、そんな気持で待ちます。

すると意外とその行事までの時間って長いんですよね。

逆に大学の授業などで楽しくない講義があると、終わるのを待ちますよね。

何度時計を見ても、時計が壊れたんじゃないかと思うくらい時間が過ぎるのが遅いですよね。

確かに言われてみれば待ち遠しく思っていることほど、それまでの過ぎる時間というのは長く感じるものですね。

そういえば、その読んだ本の中にはこういったことも書かれていました。

時間が早く過ぎてほしくなかったら、色々な物事に自分から向かっていくとよいと。

なるほど。

今までの理論でいうと、色々な物事を心待ちにしていらそれまでの時間が過ぎるのが遅く感じるので、結果として時間が過ぎるのが早いというようなことはなくなるんですね。

確かに、理屈としては素晴らしいですね。

でも大人になると、色々なことを心待ちにできるほど日々に変化ってないですよね。

理屈ではわかっていても実際にできないということ。

なんだか大人になるとこういったことが増えてきてイヤになってしまいます。

アウディA5

クレーマー

銀行に振込に行ったときのことです。

ちょうどその日は二十日で昼前ぐらいだったのですが、けっこう混んでいました。私が順番の札をとったら11人待ちだったのかな。

やれやれ、と思いながら椅子に座り雑誌を読んでいました。

そのうち、窓口のひとつから男性の苛立ったような声が聞こえてきました。はじめのうちは、チラとそちらを眺める程度で、さほど気にならなかったのですが、男性はだんだんと興奮してきた様子で声も大きくなっていきます。

そのうちにテーブルを両手でバンっと叩いたり、女性の行員を怒鳴りつけるようになって、銀行にいた人たちも何事かとみんなそちらを見ています。事情はよくわかりませんが、まぁ要するに「なんでこんな面倒なんだ、さっさとやれよ」的な文句をつけているようでした。

男性の行員も出てきて、さらにはもうちょっと上司っぽい人もでてきて、別の部屋でお話を伺いますと丁寧に対応はしているのですが、男性はますます興奮してきて、しまいには立ち上がってテーブルの上にあった、なにかパンフレットのようなものを束ごと投げ付けたのでした。

そこへさらにもうひとり、年配の男性の行員が出てきましたが、この人は言葉付きはとても丁寧なのですが毅然とした態度で、応対をはじめたんですよ。

まぁこの人なら大丈夫かなとなんとなくホッとしつつ眺めていたら、いきなりその男性がわんわんと泣き出すではありませんか。

これには周囲の人も、銀行の人も唖然とするばかりです。

よくわかりませんが、お客さんの男性も何かもっと別のことで苛立や不安を持っており、それがたまたま、銀行の対応のささいなことに癇癪をたてて爆発してしまったんでしょうね。

クレーマーというのか、そういう人をときたま見かけますが、最終的に泣き出した人を見たのははじめてです。別に泣いたから許されるとかそういうのではないのですが、なにかいきなりコンコンと生活の窮状を訴え始めた男性に、(クレームつけられてた銀行員にはより多く同情を感じますが)多少ながら「大丈夫かしら」と同情を感じてしまいました。

……ところが。

それから数日たって別の信用金庫で同じ人をみかけたんですよ。そして同じくクレームをつけまくっている姿をね!

もう一気に同情心は失せました。

こうやってストレス発散? している人がいるのかと思うとなんだか複雑な気持ちです。